ドーナツの穴<みかん>

 私は今、ドーナツの穴の中にいると感じる。周りを私たちの意思と関係なく決められたもの(こと)にぐるりと囲まれている。私たちはその中にあって、その一部ではない。
 伊豆山は、生まれ育った町、長く住み多くの思い出のある町、第二の故郷であったり、被災した住民にとってそれぞれの思いがある。全ての人に於いてとまでは言わないが、それぞれが伊豆山という町への愛着があり、伊豆山で過ごした穏やかな日々を愛おしく思っている。
 私たちが帰りたい伊豆山は、ただ新しくてきれいな町ではない。災害以前の伊豆山とかけ離れた町は望んでいない。しかし現実的には、帰りたい住民の思いを、熱海市は見て見ぬふりをしている。
私たちは復興の当事者でありたいと思っている。ただそれだけのことなのに、それがそんなにいけないことなのか。なぜ行政の都合で決められた計画を素直に理解して、自分の土地を差し出さなければならないのか。熱海市は被災した住民の思いも聞かず、納得のいく説明もせずに、ただとってつけたような理由ばかり並べ立てている。それなのに、復興の遅れは地権者が理解しないからだと言い切る熱海市長には不信感しかなく、地域の分断を煽っているのは、まさに熱海市長に他ならないと強く感じている。

2024年05月11日|声:被災者の声