NEW 置き去りにされた被災者―4年目の真実―
発災後、熱海市はこれからの伊豆山について、伊豆山のいろいろな団体に意見を聞いていた。岸谷・仲道・浜の町内会、消防団、PTA関係者、子供会、民生委員、伊豆山の任意団体等、NPO法人にまで。
わたしの家族はその時期に、意見を聞かれたことはなかった。わたしの周りにいた被災者も聞かれていない。だから熱海市は、住民の意見など何も聞かなかったと思っていた。でも、実際は違っていた。
それを知ったのは、公文書の情報公開で取得した「熱海市伊豆山復興推進本部会議」の議事録だった。
その時期既に、本当に被災した人は、公営住宅やみなし仮設住宅であるアパートに散らばってしまっていた。だから、そんな人たちに直接意見を聞くのは大変だから、被災者と面談したささえ逢いセンターの職員に話を聞いて、被災者の意見を聞いたことにした。それならば、なぜ被災者が1カ所の避難所にまとまっていた時に、話をきいてくれなかったのだろうか。
同じ時期に、わたしたちは、もっと話を聞いて欲しいと何度も、何度も熱海市に要望していた。しかし担当者は、
「こちらから説明することが何もないから。」
と言って取り合わなかった。その一方で、復興基本計画に住民の意見を反映させるため、100名以上の人たちと意見交換していた。そのほとんどで市長自ら意見交換会に出向いたらしいが、残念ながら、その中には実際に被災した人はほとんど含まれていなかった。
以前、ささえ逢いセンターの職員と話をした時に、ささえ逢いセンターの職員の意見が被災者の意見になっていると話したら、「わたしたちはそんな話は聞いていない」と言っていた。熱海市の都合で、大きな責任を負わされてしまったのは気の毒である。
なぜ、実際に被災した人にだけ、何も聞かなかったのだろうか。本当ならその人たちにこそ、意見を聞くべきだったのではないのか。なぜなら、被災エリアに再び住むのは、その人たちだからである。これからどうしたいのか。熱海市に何を望むのか。壊れた町をどうして欲しいのか。それは、実際に被災して家に帰れなくなってしまった人たちに聞かなければわからないだろう。
被災エリア以外の住民の意見を聞くことも大事だと思う。しかし、被災エリアの外の人のあれが欲しい、これが欲しいと言ったものを、被災エリアに詰め込むというのも納得できない。あくまで帰りたい人が帰った上での話であると思う。
そして間接的に聞いたつもりの被災者の話と、被災していない人たちの自由な意見を反映して復興基本計画はできた。市長は、住民の意見を反映させた素晴らしい計画だと自画自賛していた。
以前にも書いたが、わたしたち本当の意味での被災者は、輪ドーナツの穴の中に居ることを今さらながら思い知らされた。旧警戒区域内の人たちは、その周りの人たちの思いや希望でできたドーナツにぐるりと取り囲まれている。穴の中の人たちはドーナツにはなれない。穴の中の人たちの思いや希望は、ドーナツになることはない。
(参考)第1回~第22回熱海市伊豆山復興推進本部会議 議事録