遺族<SATO>

私は遺族の代表ではないし
遺族でもそれぞれの想いは違う
「犠牲者のために○○をするべき」「遺族としてはこう考える」
そう言うと、聞き手はマウントされて、黙ってしまうから
私はできるだけ言わないようにしている
周囲も「遺族」を決めつけないでほしい
「遺族なのに裁判に参加しない」「肉親を殺されても黙っている」
これは言葉の暴力

一瞬で流された人は無念と感じる間もなかった

せっかく災害から逃れたのに、避難中に倒れて
最後に病院の天井を見ながらどんな気持ちだったろう
真相究明より、ただ「生きたい」
そう思ったのではないか
声を上げる人は時間と労力とお金をたくさん使って、心身疲れ果てるから
「そんなことより家族を大事にして、穏やかに暮らしなさい」
今の自分をみたら、そう言うかもしれない
自分が知りたいから頑張ったんだよ

家を流された人、伴侶を亡くした方、
母を亡くした人はどんなかと思いやる
わたしにも子供がいるから
お子さんを亡くした痛みは想像もできない
でもね、たとえ身寄りのない老人だったとしても
その人も誰かの子供だった
生まれた時に、親は幸せな人生を願ったはずなのに
こんな死に方をするなんて

人は必ず死ぬから、災害は他人事でした
記者さんは故人の思い出を語ってくださいというけれど、お断りしていた
同情では人は動かない
社会を変えられるのは今を生きている人だから
ロジカルに伝えたい
遺族になる前の、3年前のわたしに戻り
無関心な自分を説得し、動かすにはどうすればいいのか考える

2024年08月18日|声:被災者の声