NEW 夢の言い訳
以前被災地の今の「消えた住宅地—行政のための復興の代償—」の中で、被災前に復興の計画区域には8,700㎡の宅地があったが、熱海市の復興計画通りにまちづくりがされると、宅地は3,000㎡に減ってしまうと書いた。
熱海市のホームページに『令和6年度 逢初川流域復旧・復興事業にかかる「地区別説明会」 意見質問への対応回答』がアップされた。それによれば、
「河川や道路の整備により、新たに公共用地が増えることで、その分、宅地や農地が減ることとなりますが、道路・河川は、地域の安全性・利便性を向上させ、住みよい環境とするものであり、現地再建したい方には区域内に希望に沿った代替地を提案するなど、決して伊豆山を離れて再建することを助長しているわけではありません。」ということである。
一見、もっともらしい。しかしこれでは、残る者のために土地を明け渡せと言っているに等しいと思う。伊豆山を住みよい環境にするためにそこをどけと言うことなのか。現地に再建したい人の多くは、伊豆山ならどこでもいい訳ではない。元の場所に帰りたいのである。代替地をあてがうのだからいいだろうというのは傲慢ではないか。現地に再建したいのではなく、元の場所に帰りたいのである。元居た場所には、多くの思い出や思いや愛着がある。とても大事な場所なのだ。その大事な場所を、利便性や住みよい環境の名のもとに奪われるのである。
安全性も利便性も大事なことは理解する。しかしこの計画が、最初から住民の思いや希望を全く無視して作られた計画であることが問題の本質である。安全性や利便性を重視したとしても、もっと住民の意見を反映させていたのなら、全く別の計画になっただろう。今の計画で新しい町ができて、果たして「いい町ができて良かったね」と言う住民が一体どれだけいるだろうか。
また、「伊豆山に戻れなくなった被災者が多くいる中で、外部から新しい住民を受け入れることが、創造的復興といえるのでしょうか。」という意見に対しては、「強制的に土地を買収し、外部からの移住者を誘致するようなことは考えていません。地元住民や地権者の意向を最優先に考えつつ、創造的な復興を検討してまいります。」と回答している。熱海市は何を言っているのだろう。強制的に買収なんて誰も言っていないのに、自分からそれも考えていましたと言っているようなものである。
今の計画は、災害で多くのものが失われたところに、熱海市長が発災後99日目に語った夢のような、新しくきれいな町を都合よく造ろうという計画としか思えない。そのために犠牲になるのは被災者である。被災者は何も悪くない。突然理不尽に多くの大切なものを奪われた被災者から、これ以上もう何も奪わないで欲しい。
参考 熱海市ホームページ「令和6年度 逢初川流域復旧・復興事業にかかる
地区別説明会 意見質問への対応」