NEW 住民の生命を守ること「要」 —張りぼての緊急安全確保—

「熱海市内で土砂災害が発生しています。
直ちに安全な場所で命を守る行動を取ってください。
安全な場所への避難が難しい場合には、自宅等の上の階や、崖から離れた部屋に移動するなど、その場でとることができる少しでも身の安全を確保する為の行動を取ってください。
崖や法面、川の近くにいる方は、その場から離れてください。」

 10時28分の土石流発生から既に37分経過した11時5分、熱海市から緊急安全確保が発令された。冒頭の文面は、実際に発令された緊急安全確保の内容である。
 読んでいただいてお判りいただけただろうか。土砂災害は熱海市内で発生している。でも重要なのは熱海市内のどこで発生しているのか。少しでも身の安全を確保する為の行動を、取れなければいけないのは誰なのか。住民の生命を守るために一番重要な情報が抜け落ちている。
 「緊急安全確保」は災害が既に発生しているか、災害の発生が切迫している時に市町村長の権限で発令される。言い換えれば、市町村長しか発令できない。今回の事で言えば、この「緊急安全確保」発令の全ての責任は熱海市長にある。
熱海市長は、総務省消防庁の「災害事例集」の中で避難指示について、
「出すのであれば市内全域という認識があった。」と言っているが、それと同じ感覚だったのだろうか。しかし、「避難指示」と「緊急安全確保」はその意味合いが大きく異なるはずだ。指定された地区の住民全てに避難を呼びかける「避難指示」に対して、災害が既に発生しているか、または災害の発生が切迫していて、生命の危機が迫っているので、今すぐに命を守る行動を取るよう促すのが「緊急安全確保」ではないのか。11時5分の30分以上前に災害は発生しているのである。しかも10時55分には、あの有名なSNSの画像の最大波が発生している。現場には消防の職員も少なからずいて、今まさに命の危機が迫っているのはどこにいる人たちなのか、判らなかった訳はない。
 それで、どうして「熱海市内で」なのだろうか。命の危機に瀕している人たちに「今すぐ逃げて」と言うことよりも、大事なことなんてほかにあるだろうか。まさかとは思うが、ほかの地区でも土砂災害が起こると困るから「市内全域」に出したのだろうか。
 結果的に、その時熱海市にいた、携帯電話を持つ全ての人に送られる緊急速報メールで送られた緊急安全確保は、まるで張りぼてのように中身が空っぽで、誰にも今すぐに逃げなければ命が危ないという、一番重要なことを知らせることは出来なかった。
 一体何のための「緊急安全確保」の発令だったのだろうか。当然のことだが、出せばそれでいいというものではない。多くの人が何も命の危機を知らされず、その命を奪われている。熱海市長の権限で発令された「緊急安全確保」が、もし張りぼてではなく、しっかりと危険を知らせるべき人たちに、命の危機が迫っていることを知らせていたら、もっと助かった人はいたのではないか。災害発生から1時間以上も経ってから川の下流の方の人が命を落とすなんて、普通では考えられない。市長には住民の生命を守る義務がある。そして、市長の持つ権限の裏には必ず責任がある。10時35分に災害対策本部が設置されたというなら、10時35分に「緊急安全確保」を発令し、逢初川付近にいる人全てに「今すぐ逃げて」というメッセージを送るべきではなかったのか。
 雨が止むとか、近隣の市町が避難指示を出していなかったとか、そんなことは関係ない。伊豆山の逢初川の源頭部で、土石流が発生した。第1波は人家を飲み込み市道伊豆山神社線にまで到達した。それだけで住民に命の危機を知らせる
には、今すぐ逃げてと伝えるのには十分ではないか。住民の命を守るべき市長が、その判断ができなかった。それが、何よりも残念なことである。

(参考) 「令和3年度の災害を中心とした事例集」
      総務省消防庁 令和4年11月発行

2025年05月12日|被災地の今:発災からの日々