住民の生命を守ること③—訓練でできないことはできない―

 土石流に町が襲われるまで、伊豆山は地盤がしっかりしていて、土砂災害は起きないだろうと考えている住民も多かった。熱海市長も消防庁から公開されている「災害事例集」の中で、「熱海は地盤が大丈夫だと思っていた。」と言っている。
 しかし、土石流は起きた。何十年に1度の大雨が降り、人為的に積まれた土砂が私たちの町を襲った。
 わたしたちは、普段から土砂災害の避難訓練などしたことがなかった。そして、頭の上に危険な盛り土があることも知らされてなかった。盛り土の存在を知らされて訓練していれば、もっと早くに気付けたこともあったかもしれない。
 わたしは発災後隣町に避難しているが、熱海市はこんなに大きな土砂災害を経験したのだから、当然土砂災害の避難訓練をするだろうと思っていた。1年、2年後はまだ訓練をするどころではないのかもしれないと思ったが、その後も住民のための土砂災害の避難訓練はどの地区でも行われなかった。
 なぜだろう。決して有難くはないが貴重な経験を、これから先のことに生かさなくていいのか。わたしは単純にそう思った。だから、被災者への説明会で質問した。なぜ、これだけの災害に遭いながら土砂災害の避難訓練をしないのかと。「総合防災訓練をしていますから。静岡県は地震と津波の重点地区ですし。」それが熱海市の担当者の答えだった。何でそんなこと聞くのというような顔をしているように見えた。衝撃的だった。ここは、地震と津波の重点地区だから、もう、土砂災害は起きないということだろうか。それではなぜ、国は土砂災害防止月間を定めて避難訓練を促すのだろうか。
 熱海市も、土砂に巻き込まれてしまった人を救助する訓練やパトロールをしているのは、わたしも知っている。それもとても大切だと思う。しかし、もし土砂に巻き込まれてしまったら、肉体的にも精神的にもダメージはきっととても大きい。大事なのは、土砂に巻き込まれないように、事前に避難するという判断を住民が出来るようにすることではないのか。地震は予測が難しい。しかし、土砂災害は警戒区域の指定や降雨量によってある程度予測できる。土砂災害を止めることはできないが、巻き込まれないようにすることはある程度可能なのではないだろうか。
 訓練でできないことは本番ではできない。いや、訓練していても実際に災害に直面したら、動揺して訓練通りにできないこともある。伊豆山の土石流災害においても、災害対策本部会議の記録など訓練通りできなかったこともあったと聞く。だからこそ、平時の訓練の積み重ねが大事なのではないだろうか。

2025年01月19日|被災地の今:発災からの日々