住民の生命を守ること⑥—避難指示—

 土石流発生前、雨は強弱を繰り返して長く降り続いた。特別に激しい雨が降り続いたわけではなかったが、ずっと降っていると感じていた。何年か前に川の改修工事をしてから無かった、大きな石が川を転がる音がしていて「ずっと無かったのにな。」と思っていた。
 特に危険も感じなかった。避難が必要だとも思わなかった。何故なら、わたしたちが穏やかに暮らすそのずっと上の方に、違法に積まれた危険な大量の盛り土があることを、一部の住民を除いて、何も知らされていなかったからである。
 危険な盛り土があることを、静岡県も熱海市も知っていた。でも、下に住む住民には知らせなかった。危険な盛り土があることを知っていれば、住民の行動も違っていただろう。こんなに多くの命が失われることも無かったかもしれない。
 盛り土が積まれた当時の担当職員は、多くが既に退職している。しかし、一部の職員はまだ在職している。熱海市長はその経緯を承知していたし、担当副市長(当時)に至っては、担当課長、担当部長を歴任し、その後消防長を務めている。盛り土があることを知っているだけでなく、危機管理についての知識もあっただろう。それでも、事前に避難指示は出なかった。
 熱海市長は、雨が小康状態だとか、これから止むとか、隣町が避難指示を出していないだとか、そんなことを総合的に判断して避難指示を出さなかったと言っているが、なぜ危険な盛り土を「総合的」の中から除外したのか。もしも盛り土のことなど全く考えなかったというのならば、それは判断を誤ったということではないのか。
 結果的に、下に住む住民は危険な盛り土のことも知らされず、避難の必要性も分からず、そして27名もの尊い命が失われた。
 また、なぜ市長に連絡がいくのに土石流発生から12分もかかったのか。なぜ市役所に居たはずの危機管理監からでなく、自宅に居て土石流発生の連絡をうけて登庁した消防長から市長に連絡がいったのか。土石流発生から12分後である10時40分に連絡を受けた市長は、なぜ直ちに避難を呼び掛けなかったのか。なぜ、避難を呼び掛ける放送を10時52分にするまでに12分もかかっているのか。なぜ、放送だけしてメールを送らなかったのか。24分もの間、なぜ住民は生命の危機がその身に迫っていることを知らされなかったのか。
総務省消防庁の「災害事例集」の中で市長は、「市長として最初に行ったのは自衛隊の要請。」であり、これは「12時30分」に行われたとある。しかし、別の記録では「12時」となっているものもあり、熱海市の報告書は、一体何が正しいのかわからない。いずれにしても、市長はそれまで、一体何をしていたのだろうか。
 「避難指示」という形ではなくても、住民に避難を呼び掛けることをまず第一に、直ちに、迅速にしなければならなかったのではないか。災害は既に発生しているのである。
『住民の生命を守ること』
これが、何よりもまず、優先されなければならなかったのではないか。
 市長は、総務省消防庁の「災害事例集」の中で、
「避難指示は非常に重い。出すのであれば市内全域という認識があった。」
と言っている。どこであるのか分からないから、とりあえず全域にと考えていたのなら、本末転倒である。何のための避難指示なのか。確かに避難指示発令の影響は重いのかもしれない。しかし、本当に一番重いのは、「住民の生命」ではないのだろうか。

参考 「令和3年度の災害を中心とした事例集」
総務省消防庁 令和4年11月発行

2025年02月19日|被災地の今:発災からの日々